イオン、節電促進で午前7時開店


あのイオンがさ、
家庭の節電促進ってことでさ、
6月から午前7時開店だってさ。

6月から約3カ月間、全国約1400店舗で
開店時間を午前7時にするって凄いね。

そんな早くて利用者いるのかね?

閉店時間は変更しないって事さ、
単純に、人件費が多くなるわけだからさ、
人件費以上の利益がないと大変だよねー。

大丈夫かねー。

まっでも、こんな素人が心配しなくてもさ、
専門家が、かなりマーケティングとか
してるんだろーしね。

ノブコブ吉村、去年の年収は920万円


先日さ、
日本テレビで行われた新番組の『ガチガセ』
の制作発表会見に出席した、共演の劇団ひとりが
どうやらむちゃぶりをしたみたいで、
ノブコブ吉村は、共演者からの質問には何でも答えるって
言ったんだってさ。

っで、共演者から年収を問われて、
破天荒キャラのノブコブ吉村は、おもわず、
去年は920万円!

って、いっちゃったんだってさ。

ノブコブ吉村クラスで、去年の年収が920万円かぁー。
ノブコブ吉村なんて、レギュラーもそんなないし、
ましてや冠なんてないしね。

それで、920万円かぁー。
いいねー。

そういえば、家賃が月28万とかなんとか言ってたもんね。


手投げ弾を池から拾い通報


こんな事まだあるもんだねー。

どうやら、
旧日本軍の使用していた手投げ弾のようなんだけど、
まっ、安全ピンは抜かれてたみたいで、
爆発の危険性はなかったみたいだけどね。

ってかさ、この手投げ弾を池から拾い通報ってさ、
よく池で発見して拾ってから通報したよね。

普通に考えたら爆発の危険もある訳だから、
わざわざ池から拾わずに通報するよね?

っで、しかも、この通報した人が凄いのは、
池から拾って、近くの交番まで持っていったんだって。
でも、交番におまわりさんがいなかったから、交番前の
花壇付近において110番したみたいなんだけど、
その交番の横がスーパーマーケットだったから、
一時、スーパーマーケット付近は通行規制がかかって、
騒然としたらしいよ。

そりゃあ、そーだよね。

逆に、この交番まで手投げ弾を持って来た人が
凄いよなー。


気持ちの持ちよう


よく、気持ちの持ちようとはよく言ったもので、
実に、使い勝手のいい言葉だろう。

ちょっとしたヘマも、気持ちの持ちようで気が楽になる。
気が重たいままだと、捗るものも捗らない。
そして、常に前向きにポジティブシンキングで向き合っていれば、
大抵の事はへっちゃらになり、それの積み重ねが自信にも
なり、果てはそれ自体が個性となり常にハッピーだろう。

まっ、傍目からは自己中やら、ケーワイなどと言われるかもしれない。
なにせ、世間的には失敗した事も、とうの本人は前向きにとらえて、
寧ろハッピーなのだから。

まっ、気持ちの持ちようも行き過ぎは危険かもしれない。
適度に落ち込み、適度に前向きに。

中国の孔子の言葉に、
「中庸」
っという言葉がある。

古代ギリシャの哲学者、アリストテレスも、
「メソテース」
っという同じ意味の言葉がある。

それは、物事は行き過ぎてもダメ、行かな過ぎてもダメ、
ちょうどいい中間、その間が好ましいといったような言葉だ。
やはり、何事も適度がいいという事だろう。

忘れ物や忘れた事は、むしろ前進兆候メリットの逆転発想

通常であれば、忘れ物をしたり、今さっきやろうと思った小さなことを忘れて、あぁ〜と残念がるのが普通です。

が、しかし、忘れ事は前進している証でメリット。

逆に全てを忘れずに全部完璧に覚えているということは、退化しか生まない気がしてならない。全てを覚えていようとすることは限りなく保守的であり、前進の予兆が感じられない。だいたい行動が伴わないと全ては好転もないのだから、前進する方向にトライする方がいい。大きな忘れはヤバイのを経験しているので、しっかりと守るところは管理できる環境で守ることは必須ではあるが、ちょっとした忘れ物をした時にラッキーと思えるのが真意である。

ヤバイ忘れたじゃない。ヤッター忘れたである。

大体、人間忘れたくないように気持ちはできているので、そこから忘れる事があるくらいフォーカスが当たっていることがあったり、次へ行く姿勢ができている。闇雲に次へは、もちろんデメリットではあるが、自分の技量と他者や社会とのパワーバランスなので、自分を鍛えて後は行動を後押しする思考や習慣を身につけることで、焦点の当たった見え方できてくるのだと思うよ。

疲れた時こそあと1つだけやってみるフィジカルがクリティカルに

人間の体力というのは限界がある。頭では既に出来上がっているものも実際に形にする時にはその体力の余剰を計算に入れておかなくてはならない。一番やってはいけないことが、計画を遂行できる環境ではないのに、計画の後にまた計画をしてしまうこと。

これが本格化してしまうと何も現実になっていない状態となってしまう。準備は必要ではあるが、その行為自体に満足してしまったり、そこでギブアップになっては全くもって本末転倒な話である。困ったことにこの考えに陥り易いのである。先の見通しは誰にも立たないのが当たり前である。ソフトウェアのアップデートのように日々微調整しながら、改善して前進していくより他無いのだ。

そこで大切になってくる考え方にあと一歩という小さな努力である。今の世の中は認知科学がそうであるように、SoftBankのSMAPが被写体となっている広告にあるように努力って楽しいが本当の脳の力を最大限発揮することは科学的にも証明されている。そこで考えたいのがあと1つだけやってみるというプラスαの態度である。

誰でも疲れてしまうことを平気で飄々とやってのける人がある。そこを妬むのではなく、自らどのようにやったら楽しくできるか、あと一歩をできるようになれるかを正に努力しなくても無意識レベルで行えるようになるように鍛錬することも必要なのではないだろうか。

最も最後の一滴まで振り絞ってやることはない。そこまでの過程を重んじることが、糧となり躍進へと導く礎となっていくのである。フィジカルだけで乗り切ろうとすることなく、会心的なアイディアや99%の努力以上の1%の閃きとを偶然幸運にも巡り合える能力があるのではないかと感じている。

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